最高裁判所大法廷 昭和27年(あ)434号 判決 1955年2月23日
主文
被告人藤川篤男、同河村源三郎に対する原判決を破棄する。
被告人家永清次に対する原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人藤川篤男を懲役六月に、同河村源三郎、同家永清次を各懲役五月に処する。
但し被告人三名に対し本判決確定の日から三年間いずれも右刑の執行を猶予する。
被告人藤川篤男から、差押にかかる船舶(神福丸)一隻を、被告人河村源三郎から、同真鍮屑一五五・五瓩、砲金屑一五七六・八瓩、鉛屑九三瓩、銅屑五一四九・二瓩を没収する。
原審の訴訟費用は、被告人藤川篤男、同河村源三郎、同家永清次三名の負担とし、当審の訴訟費用中被告人藤川、同家永のため生じた分は、同被告人等の負担とし、被告人河村のため生じた分は同被告人の負担とする。
被告人藤川篤男、同家永清次が昭和二五年七月一日頃、連合国最高司令官の許可を受けないで、神戸港を出港し同月四日頃南西諸島大島郡大和浜に到り、以て本邦から密出国したとの罪、同被告人等及び被告人河村源三郎が同年九月四日頃南西諸島名瀬港より神戸港に向け航行し北緯三〇度を超え、以て昭和二四年三月九日附、連合国最高司令官の「引揚」に関する覚書に違反したとの罪については、それぞれ同被告人等を免訴する。
理由
被告人藤川篤男、同河村源三郎、同家永清次の各上告趣意、被告人藤川篤男、同家永清次の弁護人川添清吉の上告趣意、被告人河村源三郎の弁護人稲垣規一の上告趣意は、それぞれ末尾添附のとおりである。
職権により調査するに、被告人藤川篤男、同家永清次が昭和二五年七月一日頃、連合国最高司令官の許可を受けないで、神戸港を出港し同月四日頃南西諸島大島郡大和浜に到り、以て本邦より外国へ密出国したとの事実(原判決の引用した第一審判決の判示第一の事実)は、右行為当時においては、昭和二二年四月一四日附連合国最高司令官の「日本人の海外旅行者に対する旅行証明書に関する覚書」により禁止された占領目的に有害な行為として処罰されていたのであるが、昭和二六年一二月一日以降は日本人の海外渡航には連合国最高司令官の許可を要しないこととなり、処罰されることもなくなったので、右被告人等の行為に対しては、原判決後たる昭和二六年一二月一日より刑の廃止があったものであること、当裁判所大法廷判決(昭和二七年(あ)第一五七〇号、同二九年一二月一日言渡)に示すとおりである。よって原判決は刑訴四一一条五号によりこの点において破棄を免れない。
次に本件公訴事実中、被告人藤川篤男、同家永清次、同河村源三郎が昭和二五年九月四日頃南西諸島名瀬港より神戸港に向け航行し北緯三〇度を超え、以て、昭和二四年三月九日附、連合国最高司令官の「引揚」に関する覚書(SCAPIN、九二七/一七)に違反したとの事実(原判決の引用した第一審判決の判示第五の事実)については、原判決後において、昭和二七年政令第一一七号大赦令一条二三号により大赦があったので刑訴四一一条五号により原判決は破棄すべきものである。
次に、被告人藤川篤男、同家永清次、同河村源三郎の各上告趣意は何れも単なる量刑不当の主張に過ぎず、被告人藤川篤男、同家永清次の弁護人川添清吉の上告趣意は、原判決には破棄の理由を発見できないというので、何れも上告適法の理由とならない。又被告人河村源三郎の弁護人稲垣規一の上告趣意は、同被告人の不法入国の事実(前記第五の事実)は大赦令により赦免されたこと及びこれを前提として量刑不当を主張するもので職権に因る原判決破棄事由としてその理由あることは先に判示したとおりである。
よって、被告人藤川篤男、同河村源三郎に対しては原判決を破棄し、被告人家永清次に対しては原判決及び第一審判決を破棄し、本件公訴事実中被告人藤川篤男、同家永清次が連合国最高司令官の許可を受けずに密出国したとの、昭和二五年政令第三二五号違反の点(前記第一の事実)及び同被告人等及び被告人河村源三郎が同司令官の「引揚」に関する覚書に違反して不法入国したとの、同政令違反の点(前記第五の事実)については、犯罪後の法令により刑の廃止があり、若しくは大赦があったのであるから、刑訴三三七条二号又は三号を適用し、右被告人等に対し、その関係ある右各罪について、主文七項記載のとおり、免訴の言渡をなすべく、次に原判決(被告人家永に対しては第一審判決)の確定したその余の事実を法律に照らすと、
被告人藤川篤男に対し原判決の認定引用した第一審判決の判示第四の(一)の事実は貨物密輸出の幇助と認められるから、昭和二九年法律六一号関税法附則一三項に基き、同法による改正前の関税法(以下単に関税法という)七六条一項刑法六二条に、同第四の(二)の事実は、同密輸入未遂幇助と認められるから、関税法七六条二項、一項、刑法六二条にそれぞれあたるので所定刑中各懲役刑を選択し、関税法八二条ノ四但書、刑法六三条、六八条によりそれぞれ法律上の軽減をなし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情重い密輸出幇助の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、
被告人家永清次の密輸出の点(第一審判決第二の事実)は関税法七六条一項にあたるので、その所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内において同被告人を懲役五月に処し、
被告人河村源三郎の密輸入未遂の点(原判決の認定引用した第一審判決の判示第三の(ロ)の事実)は、関税法七六条二項、一項にあたるので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で同被告人を懲役五月に処し、
以上はいずれも情状刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法二五条に則り、本判決確定の日からそれぞれ三年間右刑の執行を猶予すべく、
差押にかかる物件の没収については、関税法八三条を適用し、主文五項記載の如くそれぞれこれを没収し、刑訴一八一条により、主文六項記載の如く訴訟費用の負担を命ずべきものとする。
よって主文のとおり判決する。
この判決は、その密出国の罪(第一審判決の判示第一の事実)については刑の廃止があったものでないとする裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の少数意見があり、又関税法違反の罪(同第二乃至第四の事実)については免訴すべきであるとの裁判官真野毅、同小谷勝重、同藤田八郎、同河村又介、同谷村唯一郎、同小林俊三の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
密出国の罪については刑の廃止があったものでないとの裁判官田中耕太郎、同斎藤悠輔、同本村善太郎の少数意見は、前記昭和二七年(あ)第一五七〇号同二九年一二月一日言渡大法廷判決記載の、右各裁判官の反対意見のとおりである。
関税法違反の罪については被告人等を免訴すべしとする裁判官真野毅、同小谷勝重、同藤田八郎、同河村又介、同谷村唯一郎、同小林俊三の少数意見は、次のとおりである。
本件において、被告人等の関税法違反の罪ありとせられた事実(第一審判決第二、第三の(ロ)、第四の(一)(二))は
被告人家永清次は所定の免許を受けないで、昭和二五年六月二九日頃、杉板五百坪等の貨物を神戸港において神福丸に積載し、同年七月一日頃同港を出港し、同月四日頃南西諸島大島郡大和浜にこれを陸揚して、貨物の密輸出を為し、
被告人河村源三郎は同人所有の真鍮屑一五五・五瓩等の貨物を夫々密輸入する目的を以て、同年九月二日頃より同月四日頃迄の間南西諸島大島郡名瀬港において神福丸に積込み、所定の免許を受けないで同月四日同港を出港し、同月五日午後六時三十分頃北緯三十度線をこえて日本領海内に入ったがその貨物陸揚をしないうちに官憲に発見され、もって密輸入の目的を遂げず、
被告人藤川篤男は右神福丸の船主として、被告人家永、河村等の依頼を受け、右密輸出入の情を知りながら右貨物の同船への積載を許し、前記のごとく密輸出入貨物の運搬を為した、
というのであって、多数意見によれば右被告人等の行為は関税法七六条一項、二項に該当するというのである。
しかしながら、右南西諸島大島郡大和浜及び名瀬港は、右行為の当時においては、関税法(昭和二四年五月一四日法律六五号の改正にかかるもの)一〇四条、昭和二四年五月二六日大蔵省令三六号「関税法一〇四条に基く附属島嶼を定める省令」によって、外国と看做されていたのであって、これが為め右地域に対する貨物の輸出若しくは、右地域よりする貨物の輸入については、関税法により免許を受けることを要するものとせられ、免許を受けないで、貨物の輸出入を為したる者(若しくはその為さんとしたる者)は、同法七六条の罪に該当するものとせられたのである(原判決宣告当時も同様)。その後、右大蔵省令は昭和二七年四月一六日大蔵省令四二号(平和条約発効の日より施行)によって廃止されると同時にこれに代るものとして制定された昭和二七年四月七日政令九九号(平和条約発効の日より施行)もまた引続き、右の地域は、関税法上「外国と看做される」旨規定していたのである。しかるに昭和二八年一二月二四日政令第四〇七号「アマミ群島の復帰に伴う国税関係法令の適用の暫定措置に関する政令」(同年同月二五日より施行)附則八項により右政令九九号が改正せられた結果、右地域は、これを外国と看做されないものとされた。すなわち、爾後同地域に対する貨物の輸出若しくは、同地域よりする貨物の輸入については関税法所定の免許を受けることを必要とせず、従って、右輸出入の行為については、同法七六条罰則の適用を見ないこととなり、本件各行為のごときは何ら、犯罪を構成せざるものとなったのである。かくのごとき場合、本件行為に対しては、刑訴四一一条五号にいわゆる「判決があった後に刑の廃止」のあったものと解するを相当とするが故に、同条に従い、この部分に関する原判決を破棄し、同法三三七条二号を適用して、如上の所為につき被告人等を免訴すべきものと思料する。
裁判官小林俊三の意見は次のとおりである。
本件被告人等の関税法違反の罪は免訴すべきものであること別項他の五裁判官と共にした少数意見のとおりであるが、その理由がきわめて簡単であるから、私かぎりの意見を加える。
本件において特に注意を要する点は、本件被告人等が関税法違反の罪に問われたのは、行為に行われた地域が、本来ならばわが国の領土の一部であって密輸出入などという問題を生じない筈であるのに、当時の特別の事情(占領状態)に基づく法令上、これらの地域を「外国ト看做」していたために、その理由からそうなったということである。そしてその根拠となる刑罰法規は、昭和二四年五月一四日法律第六五号による一部改正の関税法一〇四条、七六条と昭和二四年五月二六日大蔵省令第三六号であるが、この立法が当時わが国の領土の一部である本件地域を外国とみなしたことは、なんらわが国わが国民にとって特別に必要な理由があったのではなく、全く当時(占領下)の連合国との関係からやむを得ず行った措置であって、実質的には連合国の便宜利益以外の何ものでもなかったと見るべきである。右刑罰法規は形式上わが国独自の立法であるから、本件について直接連合国最高司令官の指令との関係をここにもって来ることはできないが、かかる立法の事実的背景が右のごとくである以上、占領という関係がなければ本件の地域を外国とみなす立法は成立しなかったであろうし、従ってまた本件被告人等の行為に刑罰を科するようなことは起り得なかったであろうことを推認することができる。本件について刑の廃止があったかどうかは、まず右に述べた事実関係を前提として考えなければならないと思う。
そこで本件の問題を行為の可罰性の面から考えてみるに、一般に特定の刑罰法規が明らかにその有効期間を定めていない場合後にその法規の改廃が行われても、それだけで常に直ちに刑の廃止があったと解することはできないが、その行為に対する国家的又は社会的評価が裁判時において全く変更し可罰性ある社会悪としての本質を根本的に失ってしまった結果、行為時における関係も同様に消滅したと見なければならないような場合は、刑の廃止があったと解すべきものである。すなわち刑罰法規が規範として存立するのは、本質的には処断される違法行為の根底にその国民の是認する反社会性反道義性が存在するためであるから、この関係が裁判時において全く消滅し、そのため行為時におけるこの関係をも是認することができなくなったような場合は、行為時においてのみ当時の評価を存続せしめることは不可能であって、刑罰はその根拠を欠くに至ったと見るべきである。
そこでさらに本件の関係地域について考えてみると、南西諸島大島郡大和浜とか同名瀬港とかは、本来日本の領土の一部であるから、九州本州等との交通ないし物資の交流は日本人であるかぎり、法律上全く何の妨げもなかったのであって、いいかえれば不正でも不当でもなく、まして可罰性について言及する余地などは全くなかったのである。それにもかかわらずわが国が形式においても独自の立法によってこれらの地域を「外国ト看做」す法規を定めるに至ったのは、わが国の降服による占領状態と、これに基づく連合国最高司令官の指令のもつ力によって余儀なくされたためにほかならない。本件の刑罰法規は、直接の指令によって成立したものではないけれども、右のような関係によったものであることは、ポツダム宣言(特に八項)や降服文書を源とする一連の指令等によって明らかである。(例えば昭和二〇年九月二二日附指令第三号〔特に七項〕、同二一年一月二八日附指令第三号の違反に関する指令、同日附若干の外廓地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する指令、同年三月二二日附同上名称の指令、昭和二五年二月三日附個人、貨物、航空機及び船舶の日本出入国管理に関する指令等。)そして以上のような経過によって一時外国とみなされた地域が、平和条約発効とともに、完全無条件にわが国の領土に復帰するかどうかは、主として連合国との条約に依存するところであったが、わが国としては当然その復帰を期待する関係にあったことは明らかである。従って平和条約発効後なお本件地域を外国とみなす期間がつづいたとはいえ、遂に昭和二八年一二月二四日政令第四〇七号により、法制上の措置としてこれに関する法規が廃止されるに至ったことは、本件に関する地域が全く密輸出入というようなことが起り得ないはじめの状態に戻ったことにほかならない。このことは前に述べた単にある行為に対する評価が裁判時において変更したというよりは、むしろはじめから適法な行為であった状態に復したというのが事実に適合し、なお強く刑の廃止があったと解すべき十分な理由があるといわなければならないのである。
以上の理由により本件被告人らを免訴するのが正しいのである。
裁判官霜山精一は本件評議に関与しない。
(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)